東欧の田舎町。
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ブルガリアと言えば、そうヨーグルト。スーパーでも、カフェでも
、キヨスクでも想像以上にヨーグルトを見かける。昨日買っておいたヨーグルトを朝食べて、「ブルガリアでヨーグルト」達成。東欧では、大都市巡りだけだったので、今日はブルガリア正教の総本山「リラの修道院」の日帰りツアーに参加。東欧の修道院は雰囲気があるって聞いていて、行ってみたいとは思っていたが、西欧の教会とは違う、匂い、雰囲気があり、山奥という立地もあるが、今まで見た宗教施設のなかでは、一番心に残った。ソフィアは昨日の一泊のみ。今日は宿で会った日本人の学生に勧められたブルガリアの田舎町に移動。夜ついたが、それでも人といい、町並みといい、雰囲気の良さがに
じみ出ている。やっぱり長期旅行は田舎町を訪問しないとダメですね。日程の都合で一泊しか出来ないのが残念。ブルガリアは物価も安いし、結構お勧めですよ。
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勝手な主観ではあるが、ブルガリアの首都ソフィアは今までの東欧諸国に比べて
、明るく開かれた街という印象。ホステル検索サイトでも快適そうな宿がたくさんあり、長期旅行者には人気のある街のようだ。セルビアで会った日本人に教えてもらった中華の店にさっそく行って、「八宝ラー菜」と「海鮮米粉」を食す。付いてきた白米は最高にクサクテ食えず。ただ現地の皆は普通に食べてた。。同部屋になった台湾人のおっさんは英語ペラペラで、インターネットにうまく接続できずに困っていると、手動で設定を変えて繋がるようにしてくれた、とてもスマートな人。50歳くらいで、身なりも汚いが、部屋でもいろんな人とコミュニケーションを自然に取れて、かっこよかった。その人に寄ると、台湾や香港に行くより、中国の内陸をまわった方が、面白いよ。という事で、そっちのルートも計画してみようかな?と思う。うちの親父
は10数年前、仕事で中国南西部にすんでた事があるが、その時はまだ日本人は好かれておらず、石を投げられた事がある。と言っていた。僕は中国人にそっくりなので、まぁその心配はないでしょうし。
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何事かと思っていた。無事を祈ります。今日は、ボスニア人の街サラエボからセルビア人の街ベオグラードへ移動。旧ユーゴの首都だっただけあって、かなり大きな街だ。山の中でバスがエンストし代替のバスに乗り換えるというアクシデント付きだったが、8時間掛けてなんとか無事到着。
繋がらないとあっては、宿を変えようとも思ったが、これまた前述のごとく、泣き寝入り。さいさき悪いスタートだ。
音楽に関しては一線を画している様だ。大都市のクラブにでも行けば別なんだろうが、モロッコの商店でも流れていたヒップホップの類いの音楽は全く聞かれず、ビートルズや他の有名西欧ミュージシャンの曲などもほとんど流れてこない。若者を含めて、オリエンタル調のさしづめ「ムード歌謡」とでも言える音楽が、もっぱら主流のようだ。ベオグラードに入って、水道水の質が極端に悪くなった。コップに水を汲むと、最初透明だった水が序々に濁りだし、真っ白になるのは、どういうこっちゃ!明日はナントカしてこの街で楽しみを見いだし、悪いイメージを払拭してやります。せめて晴れて欲しいんだけどナァ。| コメント (0) | トラックバック (0)
を呈してきた。最近では十中八九、中国人(香港系)に見られる。色が黒くなってしまったため。今回の旅行の中で、おそらく一番寒いであろう地域の為、着られるものをいつも全部来て、結果、いつも同じ格好をしているのが、ちょっと恥ずかしい。今日も寒いが、幸いにも風がない為、体感温度は良好。
であったと、ぼくらでも容易に推測できる。これでも復興は相当なスピードで進んだ。というのだから、想像するだけで恐ろしい。砲撃で壁がボコボコのアパートから「戦争を知らない子供達」が出てきて、笑顔で雪合戦をしている。元オリンピック会場に無数にたてられたお墓の周りを、若者達がジョギングしている。たくさんの負の遺産の中に、たくさんの日常がある。彼らの中では、戦争は終わっているのだろうか?また、僕らと同じ世代の人間達は、どういう心境で戦争を捉え、今この街で生きているのだろうか?改めて、平和な日本に生まれる事ができた偶然に感謝すると同時に、平和を守るって事にまで、考えが至るようになった。| コメント (0) | トラックバック (0)
。小遣い稼ぎの白タクの運転手に危うく騙されかけるも、日本語で怒鳴り散らして事なきを得、無事宿到着。小さな路地沿いに宿はあるが、その路地にまで銃弾の痕が残っている。こんな生活の匂いのプンプンする所で銃撃戦があってたとは。近くにはおそらく紛争のあとに建てられたのであろう新しいたくさんのお墓が並ぶ所もある。| コメント (1) | トラックバック (0)
今日はあいにくの雨。気温は10度。海沿いの地域は東欧と言えど、あまり寒くない。天気が良ければ、山に登って町を一望しようと思っていたが、結局12時くらいまで、寝てすごした。3時のバスで、モンテネグロからクロアチアへ移動。強行日程になるので、いくかどうか迷ったが、行った国数稼ぎと、「アドリア海の真珠」には、行ったほうがいい。との判断で、行くことにした。国境には、2kmほどの緩衝地帯があり、数件の
免税店がある。そのうちの一軒にバスが入り、「まさかお買い物タイム?」と思ったら、運 転手が自分のタバコを買っただけでした。この仕事の役得でしょう。ドブロクニクには夜6時半到着。この時期になり、しかも曇り空だと、5時くらいには、ほぼ真っ暗である。城壁に囲まれた旧市街の中に安い宿をとる事ができた。街は小さいが、きれいな町です。昨日、今日と二日連続でリゾットを食す。原料の魚が安く手に入るからなのか、魚貝がたくさん入っていて、ダシが効いており、非常に僕好みでおいしいのだ。
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も、昨年?セルビアより独立したここモンテネグロは、EUやアメリカとの友好関係が深いらしく、アドリア海沿岸に点在するこの国のリゾートには欧米観光客が多数訪れる為、地域的にかなり裕福で、セルビアとは民族は同じなんだけど、この地域はたった60万人という人口で独立という道を選んだらしい。よって、民族は同じなので、他の旧ユーゴ諸国の分裂・独立の時とは違い、平和な独立だった様だ。港のある街バールはさして面白そうではなかったので、その足で沿岸沿いをバスで50km。世界遺産の都市、コトルへ移動。ここは日本でも有名なクロアチア・ドブロクニクにも近く、日本人団体観光客もよく訪れる観光地だそうだ。今日の宿は、その町のバスターミナル近くで、食べかけのお菓子を僕らの顔中にふりかけながら「ZIMMER?」(ドイツ語で部屋の意。)と話しかけてきたおばさんについていき、その人の姉ちゃ
んの家の一室に泊まる事に。この地域には、ゲストハウスと呼ばれる民家の一室を貸す宿が多い。とは聞いていたが、こんなに宿っぽくない部屋に泊まれるなんて、モロッコ以来の民泊体験っぽくて、面白い。モロッコはニワトリの匂いがした部屋だったが、ここは清潔で、おばちゃんも優しい。ここが、ゲストハウスをしてるのは、旦那さんや兄弟が先のコソボ紛争にかりだされて、亡くなり、部屋が空いているからとの事。僕らと話すときは明るく笑っているが、この前まで身近で紛争があり、そんな悲惨な体験をしても明るく生きているおばちゃんの姿に感動する。つい最近まで、身近に紛争があっていた地域だというのは、こんな話を聞いても正直、実感が湧かない。。そのくらい、人も温和でゆったりとした町なのである。(下の写真が今回泊まった宿。家?)| コメント (0) | トラックバック (0)
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