モロッコ

2007年10月26日 (金)

モロッコ脱出。

 待ちに待ったモロッコ脱出の日。僕の体調はだいぶん戻ったが、嫁さんの方は、まだすぐれない。。格安航空券での移動なので、日にちの変更も出来ず、やむなく強行移動。深夜到着したバルセロナは雨。タクシーの運転手さんが僕らの宿を知ってたのが、かなり幸運で、スリの街バルセロナ、しかも深夜の移動で何事もなく宿に着けたので、まずは一安心。あさってがサッカーの試合なんで、それまでに体調回復といきたいところです。

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2007年10月24日 (水)

ツアー最終日。

 明け方の砂漠はさすがに寒い。僕らは、少し早起きして砂丘を登り朝日を見に行ったSany1289 。水分を含んでいない砂はさらさらで、ふみしめるとくるぶしまで埋まってしまうのであるが、時々、水分で硬く締まった砂の部分もある。大気中の水分が夜の冷気で冷えて、水分となったのであろう。全く雨の降らない砂漠で、水で締まった砂の上を歩く。何か変な気分である。乾燥地帯で生きている植物を不思議に思っていたが、これで少し謎が解けた。朝日は日本で見るのとあまり感動は変わらない。日に当たって砂漠の色が変化していくのが、綺麗だった。前日の予定では6時15分出発だったが、出発したのは7時。皆がらくだに乗り始めているのに、なおも砂丘を登りつづける人がいる。フランス人のおばちゃんである。ラクダは全部繋がれてあるのでその人が来ないと出発できないって分かっているはずなのに。。この出来事は、この旅の中で人に関する驚きの中ではかなり上位に入る。調和を重んじる日本人にとってはSany1293 、考えられない行動だ。国民性という言葉で片付けるのは、あまりにも短絡的であるが、こういう身勝手な行動は、国民性とも取られかねない。自分は国民の代表なんだ。という自覚を、改めてうすく体に張り巡らした。この日は半日車に乗りっぱなし。僕らも大変だが、運転手さんはもっと大変だ。無事到着したときは運転手さんを称える拍手がどこからともなく湧いた。。夜ご飯はモロッコの香りがなく、安く、最低限の味が保証されているもの。という制限の中、究極の消去法で生き残ったのが、ツナのピザ。さすがにこれはハズレはないでしょう。二人で頑張ってふた切れずつ食べて就寝。結局ツアーの間はずっと下痢でした。あぁ、早くモロッコ出て美味いもん食いてぇ。改めてそう思うのでした。ごめんね、べつにモロッコ嫌いじゃないんですけど、いい所いっぱいなんですけど、唯一たべものがねぇ。残念です。

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2007年10月23日 (火)

砂漠ツアー2日目。

 昨日、たくさん着て寝た為、たくさん汗をかき、熱も幾分ひいてどうSany1242 やら最悪の状態は脱した様だ。(この後も状況はいったりきたりではあったが、少しずつ良くなっていきました。)7時半出発予定だが、時間になっても、半分も揃わない。どうやら欧米人のツアースタイルはこんな感じの様である。。今日もカスバ街道を延々と東へ進む。この道は今でこそ砂漠行きのツアーバスが往来のほとんどを占める観光ルートであるが、その昔はサハラ砂漠とヨーロッパを繋ぐ重要な通商路であったらしい。この道をかつての商人達は、ラクダのキャラバンで行き来してたのか。と想いを馳せてみるのも、また趣深いものがある。 この道はカラカラの乾燥地帯を貫いてはいるが、所々にオアシスがあるようで、そのオアシスの辺りには、緑があり、村があり、笑い声がある。 街の移動手段としての公共の乗り物は特になSany1273 く、タクシーの相乗りやヒッチハイクが日常的に行われているようだ。現に車に一人で乗っている人はほとんど見かけない。通りでは電話屋もよく見かける。少ないインフラを皆でうまく共有していると言えるだろう。日本で言えば、昭和30年くらいの生活水準ではないだろうか?子供達がツアー客に寄ってきて、声を掛け小遣いをせびる様子なんかは、昭和20年代、進駐軍相手の「ギブミーチョコレート」の時代の様でもある。ツアーでは現地の家も訪れた。とは言っても絨毯やさんで、セールスに遭うのであるが。。4ヶ月もかかって作ると見せられたそれは、特筆すべきものではなかったが、生産者に触れ、これから絨毯も見る目も少し変わると思う。それから、トドラ渓谷に寄り、夕方いよいよ未舗装路に入る。すると、目の前に夕日に輝く大砂丘が姿を現した。思ってたより、山である。そこかららくだに乗って、砂漠の奥へ向かう。月が登り、月影に僕らのキャラバンが映る。なかなか、自分の居場所が実感できない夢の中の出来事のような感じで時が過ぎていく。そして、砂漠のど真ん中に常設された先住民スタイルのテントで就寝。満月に近い月夜の為、星が見られなかった事と、最後まで体調がすぐれなかったのが残念だ。ラクダは一時間半くらいゆっくり乗れてかなり楽しかった。

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2007年10月22日 (月)

砂漠ツアー初日。

 今日は、砂漠ツアー出発の日。朝7時ツアー会社集合なのだが、体がだるい。前日の夕食の時くらいから、二人とも食欲が減退して来ていて、街の匂い、特に羊の生肉の匂いを体が受け付けなくなってしまっていた。2日くらい前から、ちょっとSany1195 気を抜いたら全てが気持ち悪く思えそうな第三国独特の臭気に辟易してはいたが、ここに至って、それが現実のものとなり、街に出て臭気を嗅ぐのが嫌になってしまったのだ。 ツアー参加者は22~3人はいたであろうか。結構な人数だ。オンボロの類いに入るであろうバスに乗り、嫁さんはにっこり笑って一言。「あら。思ったよりきれいね。」とはこれいかに。車酔いする嫁さんにとって、一番の敵は新しい車の匂い。つまり、新しくなくて良かった。と言う安堵感から思わず発した言葉のようだ。
 バスは南へ。モロッコは東西に長い国だが、その国をうすく南北に分ける、オートアトラスという山脈が国の真ん中を貫いている。4000m級の山もあり、急斜面を大きくうねりながら、バスはその山脈に向かっていく。前日苦労して手にSany1202 入れた酔い止め薬が功を奏したらしく、嫁さんは熟睡。景色の良いところでは、迷いながらも、「いい景色を見逃すのはもったいない。」という事で時々起こしてあげるのは、旦那である私なりの優しさ。山脈を越えると、乾燥地帯に入る。カスバと呼ばれる土壁造りの要塞が点在する道を、今度は砂漠目指して、ひたすら東へ。途中に寄った最も大きいカスバは、「グラディエーター」や「アラビアのロレンス」など有名な映画のロケ地なのだそうだ。ロケ地という言葉には滅法弱い私は、嬉しくなりはしゃごうとしたが、それには体力がなさすぎ。。昼食の頃にはまた寒気を催し始め、どうやら具合は悪い方向に向かっていく。ちなみに昨日からずっと下痢。正露丸のおかげで、運転中車を止めたり、はたまたお漏らしをするような大惨事にはならなかったが、一日に15回トイレに行かねばならぬこの辛さは、皆さん想像がつくでしょう。。この日の走行距離約600km。宿泊地の渓谷沿いのホテルは思いのほか寒い。夕食は予想通り、名物タジン。食べなきゃいけないのは分かってるけど、無理。コーラでカロリー補給をし、部屋へ。。せめて暖かい飲み物をと、これはハズレはないだろうと思い、ルームサービスでカフェオレを注文。ついてない時って、人間とことんついてないですねぇ。頼んだカフェオレのミルクがなんとヤギの乳。で体が匂いを受け付けず、飲むのを断念。ありったけの服を着て、寝袋の上から毛布を被ってもまだ寒く、ドライヤーであっためながら、寝ました。さぁ、明日はどうなる事でしょう。
 追伸、病状報告と旅日記がごっちゃになって、変な文章になっちゃいました。。

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2007年10月20日 (土)

マラケシュ到着

しっかり僕らになついていた猫とはきょうでお別れ。二日間もびったりくっついて寝たので、Sany1157 とても寂しい。去り難い気持ちを抑えて、僕らは次の街、マラケシュヘ。この街の名前は聞いた事ある人も多いでしょう。そう、かつての歌姫、松田聖子も「マラケッシュ♪神秘の街♪蒼い月がのぼるわ」と歌っている異国情緒あふれるモロッコを象徴する街です。移動は列車で約8時間の長旅。カサブランカを過ぎ、進路を南に内陸へ向きを変えると、今まであった家々は姿を消し、赤茶色の大地が姿を見せはじめる。カラカラに乾いた土地にも、土壁の家並は所々に見られ、列車に手を振る子供達がいる。10月末の現在でも気温が30度近いこの地。盛夏はおそらく45度くらいになるだろうこの地でも逞しく生きている子供達がいると思うと、生きる勇気も自然と湧いてくる。旅してると時々、こういう感慨深いときがある。特に列車の車窓からの風景は、何ともいえない情緒がある。移動をただの移動と捉えてしまうとそれまでなんだが、街の名所を見てまわるより、車窓の風景のほうがその国の生活が見え、よっぽど楽しいし勉強になると思うときもあります。

 マラケシュは午後4時到着。サイドミラーのないオンボロタクシー(写真の車。)でメディナを目指すが、運転が荒いし、逆走するし、結構恐ろしい。モロッコは信号があり、一応車は守るが、横断歩道はなく、大きい道などは怖くて、単独では到底横Sany1161断しきれないので、現地の人が超強引に渡る陰で、いつもすごすごと渡っております。
 それと、ここマラケシュは世界最大とも言われる商店街「スーク」があると聞く。買い倒れの街とも言われ、長時間移動の疲れで買い物欲はイマイチなかったが、宿もすんなり決まったし、とりあえず覗いてみた。値段がついていないものを駆け引きしながら買うのは、思いのほか楽しい。値切って思い通りの値段で買えたら、日本ではなかなか味わえない買い物の達成感がある。意外と疲れを忘れて興奮し、私「DIESEL」の偽物ジーンズを2700円で買いました。高いか安いかわからないけど、楽しかったし満足感あるので良しとしましょう。明日は、きたるFCバルセロナの応援に備えて、ロナウジーニョのユニフォームの偽物でも狙ってみます。あぁ、買い物って楽しいんですね。女の子の気持ちが少し理解できました。
 
 あさってから、2泊3日のサハラ砂漠ツアーに参加します。4~5日ブログ更新が難しいと思いますが、帰ってきてのサハラ日記をどうぞお楽しみに。。。

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2007年10月19日 (金)

モロッコについて

 モロッコの朝はアザーンの響きで始まる。アザーンとはイスラムの祈りの呼び掛けで、Sany1092 どこかのモスクでアザーンが始まるとこだまの様に至る所のモスクでそれが鳴り始め、結構な音量の為、最初のうちは眠りが覚めてしまう。しかし、これが慣れてくるとまだ眠たい頭に心地良く響いてくるようになる。祈りのメロディーとは共通そういうものなのだろう。モロッコはイスラム教国家であるが、割りに自由なところがある。その他のイスラムの国では、道端で祈りをささげる人を見かける人もいるというが、モロッコでは一度も見かけない。街で流れる音楽も、基本はアラブ風な歌謡曲が多いが、西洋のポップやときにはレゲエなども流れてくる。女性もメディナを出て、新市街のほうへ行くと、ノースリーブの子がいたりもする。マックもあったが高く、富裕者層の食べ物のようだ。Sany1112

 モロッコに入って4日目になるが、モロッコサラダ、ミントティー、 アボガドジュースなどおどろく程美味しいものにありつけた。その一方でメインの食べ物のバリエーションはそう多くない。肉(主に羊。)のだしのクミン風味の野菜煮込みであるタジン。スパイスの効いた串焼き(シシカバブ。)あとクスクス。主にこの3つを繰り返さねばならない。はなからこの味が合わない人もいるだろうからその人には、とてもつらい食生活となるだろう。あと美味いものにアラブ風パンがある。地元の人も好んで食べるらしく、回転がよいので、レストランで出てくるつけあわせのパンもその日焼いたもののようで、それが美味しさの所以でもある。モロッコ人は欧米人とSany1037_2 同様、テラスのカフェでお茶するのが好きなようだ。たいがいのカフェのテラスはお茶する現地人と一部の観光客で賑わっている。ただし男性に限り、女性はほとんどみかけない。ただ、現地の人は飲み物だけで食べてる現地の人はほとんど見かけない。現地の人が食べる所は、僕らが知らないどこかにどうやらありそうだ。田舎にいくともっと物価もやすく、モロッコらしい生活が見れるよ。と現地の若者が言ってたが、僕には今の所これくらいの都会のほうが居心地がよさそうである。

 あと、現地のガイドから聞いた話。こっちは日本語を勉強する人が多いらしく、日本人の女の子と結婚して、日本で暮らすのがみんなの夢なんだそうだ。現にモロッコ人は優しくてかっこよく、おそらく日本の女の子にももてそうである。

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2007年10月18日 (木)

がんばるガイドさん

目が覚めた時にはもはやニワトリ臭も気にならず、どうやら熟睡できたらしい。用意してくれた朝飯を平らげ、今日の宿探しへ。ちなみにフェズは面白そうなんで延泊して、3泊する事に。どうやらここフェズのメディナ内は観光客の数に対して宿の数が足りてないようだ。タンジェでは良く見かけた宿の看板を、Sany1016 フェズではあまり見ない。まぁそれでも、近い所に日本のガイドブックにも載ってる安心出来そうな宿があったのでそこに決定。ここもまた屋上に部屋があり、3歳くらいの可愛い看板娘とこれまた可愛い猫の存在もこの宿を選んだ決め手。(1泊一部屋2200円。) そして、宿を移し、いざ迷宮へ。 ぐちゃぐちゃの角度で建てられた家の間を、細い路地が無数に連なる。迷うのが目的の僕らは細い道へと入ると、太陽さえ見えない細い路地もあり、本当に帰れるのか不安になるが、行き止まりの時は何も言わずとも、道行く人が教えてくれるので、迷いたくても本気で迷うような事はまずない。今日もあまたのガイドに声をかけられたが、「コンニチハ、オゲンキデスカ。オレタチイツモイシンデンシン、モシワタシトイッショニフルイタテモノミタイノナラ、、」と畳み掛けて来たラテン系モロッコ人のスペシャルなノリと抜群の商売日本語は特筆すべきもので、何か見習うべきパワーを感じた。これだけ声を掛けられると、思わず振り向いてしまう声のトーンとかってのがあるのに気付く。きっSany1041と客商売においてこの声色、トーンってのはすごく重要だって改めて感じる。 しかしこっちのガイドはすごく勉強熱心だと思う。モロッコは公用語はアラビア語。元フランス植民地なので第一外国語はフランス語。でも僕らに話しかけてくるガイドの多くは、片言ではあるが、英語、スペイン語、イタリア語を話し、日本語、中国語その他の商売用単語をそつなく操る。フランス語以外は学校ではなく、本で独学で勉強するらしい。明るい笑顔の裏のそんな努力家な部分に触れると、ますますモロッコという国の事が好きになりそうだ。下の写真はモロッコ名物ミントティー。中国茶ベースでフレッシュミントが大量に入ってる甘い飲み物。最高です。一杯90円。

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2007年10月17日 (水)

ホームステイ

今日は港町タンジェからフェズという内陸の古都まで移動。モロッコには、メディナと呼ばれる城壁に囲まれ入り組んだ路地で構成された地区が古い街にはある。フェズのメディナは世界一の迷宮と呼ばれ、縦横1km強四方の城壁の中に約30万人が棲んでいるというとてつもない所。確か「鉄腕ダッシュ」の正月特集でここから抜け出す!みたいなのやってたような? Sany1007

 くねる山道を7時間バスに揺られ、夜8時くらいにフェズ到着。旅人たちから世界三大ウザイ国と呼ばれるうちの一つであるモロッコは夜到着、しかも宿が決まってないとなれば、当然わんさか寄って来るガイド達。タクシーの運ちゃんからは、「メニーガイド!バット、ドントトーク!」沢山ガイドがいるが、しゃべるなよ。などど言われたが、昨日あれだけフレンドリーなモロッコ人達に会って気のいい僕としては、最初に来たガイドにひょいひょい付いて行く。。。こっちのガイドが宿探しを手伝ってくれるのは、その翌日ガイドをしてガイド料をもらうのが、最終目的。よって、前日の宿探しの手伝いは、つまり先行投資なのだ。だから、遅く着いた日、自分で宿を探すのがきつかったり、自信がないときはついて行くのも一つの手である。と思う。ただ、明日のガイドが要らないなら、少額のチップを渡さなきゃもちろんいけないけど、疲れている僕らにとって、彼らの宿探しの手伝いは充分チップ払う価値があると思える程、助かりました。

何件か紹介してもらうが、なかなか宿代が折り合わない。結局5,6Sany1024件回って、行き着いた宿が、民家。そうです。ホームステイです。とはいっても僕らにあてがわれた部屋は、屋上にあるゲストルームでプライベートだし、非常に気持ちがいい。(ニワトリ臭はするが。。)まずウェルカムミントティーが出て来て、「腹がへったなぁ。」と言ったら、奥さんが手料理を作ってくれた。(無料。)結局1泊2食お茶付きで何とも優雅なホームステイだった。(まぁ、1泊二人で5000円近くはしましたが、、)イスラムの国では女の人としゃべったりとかなかなか接する機会がない。ここの家でも男性とはたくさんしゃべったが、奥さんとはほとんど喋らなかった。それでも、家でもくもくと仕事をこなしていく奥さんの控えめな姿が、イスラムの女性を象徴する様ですごく印象的だった。ともかく、今日はいろんな事があったが、イスラムの生活を少しでも垣間見る事が出来、いい経験になったと思う。

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2007年10月16日 (火)

アフリカ上陸

セビーリャを10;30出発。バスにて、午後1時にスペインの南端アルヘシラス到着。 ここが、アフリカ大陸へのヨーロッパの海の玄関である。風邪はほぼ完治したのであるが、初のアフリカという事で、一泊ここでしようか?とも考えたが、バスはズドンと港へ横付け。どうやらほとんどの客が港の利用者らしい。それで、そのまま本日、モロッコに渡ることに。 レストランだけで、300人以上は収容できそうな規模の船に乗客は50人くらい。おそらく観光旅行において閑散期に入る今は、貨物の輸送で主に成り立ってるフェリーなんだろう。Sany0976

モロッコはイスラム教の国で、1年のうち1ヶ月ほど、ラマダンという日の昇ってる時間は物を食べない期間がある。それにかかると店の閉まる時間が早かったりなど、不便が多いようであるが、今日はラマダン明けからまだ間もないらしく、港に降り立つと、そのためなのか陽気な笑顔があふれ返っていた。イスラム教の国なので、人が良いとは聞いていたものの、ちょっと怖い気持ちもあったのであるが、ゼンゼンです。すごく開放的で親日。何故かわからないけど、「コンニチハ」「サヨナラ」「ナカター」「チョット、チョットチョット」「ジャッキーファイト」←これは香港人と間違われた時。 など、とにかくいろいろと話しかけてくる。 その半数はお店の人やホテルのガイド(全然しつこくないです。)だったりなのではあるが、あとの半分は普通の人が話しかけてくるのだ。

金になる日本人。という事以外に確実に何か別の面で僕らに興味を持っているようである。今日一日なんでこんなに話しかけられるのか?って考えたけど、まだ解らない。モロッコは10日間滞在予定なので、その謎をなんとか解き明かしたい。

ホテルの値段は相場でスペインなどの半分くらいであろうか?同じフェリーのこれまたフランス在住モロッコ人が話しかけて来て、安くて良いホテルを教えてくれた。もちろん見返りなしです。果物屋では「味見していい?」って聞くと、一個くれて「持っていけよ。じゃーね!」なんて感じ。Sany0983

あくどいガイドの話や「スペイン在住のモロッコ人にひったくりに遭った」とか、ぼったくりのタクシーの話ばかり聞いてたが、そのモロッコに対する偏見は何なのでしょう。すごく親切な人ばかりですごく良い国じゃないですか? 道端で売ってる貝とそのスープも安くて美味いし。サラダは激ウマだし。。

こんなん書きましたけど、まぁ、まだモロッコの良い面しか覗いてないんでしょう。気だけはいつでも引き締めて旅には望んでますんでご安心を。 

それとイスラム教徒は酒を飲まない。ここでも郷に入っては郷に従え。で僕らも出来るだけ飲まない様にしようと思います。 郷に入っては。の精神は旅を楽しむためにはとっても重要な秘訣ですから。。。

写真の飲み物はミントティー。甘くてとても美味しく地元の人もみんな飲んでます。100円。

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