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2008年1月

2008年1月30日 (水)

最後の夜になっちゃいました。

最後の夜。アオバという台湾料理の店で、ウンカ月振りのワインで乾杯。

 「終わってみれば、あっと言う間。」などというような事は不思議とない。むしろこの旅の5ヶ月間は思い返すと非常に長く感じ、最初の訪問地サンフランシスコの事など、3~4年前の出来事のような気がする。

 がむしゃらに一つの事を繰り返す時(例えば、学生の時部活で毎日汗を流す。とか、店のオープンで必死で仕事する。とか)って、思い返すとホントあっという間である。しかし、この旅では、毎日が変化の連続。思い出の量が、普通に日本で過ごした5ヶ月の量とは比べものにならず、すごく長い時を過ごしたように感じる。幸せな事だ。

 旅を終える寂しさはない。やりきった充実感と日本に帰れる嬉しさ、また仕事ができる喜び、などでいっぱいだ。

 旅、総括。大きくまとめると、アメリカの偉大さ。ヨーロッパのだらしなさ。アジア各国のパワー。とでも言おうか。あくまでも大きくまとめると。アメリカは歴史の浅さを微塵も感じさせない、たった500年そこらで3億人そこそこで、あそこまでの国にした開拓者魂に、見習うべきものを感じる。ヨーロッパ、成熟国家の成れの果てという印象。アル中やスポーツ狂多すぎ。日曜日とはいえ、サービス業である小売店、休みすぎ。かといって他国の文化を容易に受け入れないうがった頑固さ。日本食うめぇぞ。日本人みんないっつも寿司食ってると思ってんだろ。日本人の通常の食生活をパッケージで、輸出してやりたい。きっとビックリするって。アジアすごい。日本に台北やら香港やらは確実にせまってきている。あと、タイやらベトナムやらのムンムンする民衆パワー。これが、また5年後なんかに訪れたら、洗練されてスマートなパワーに変換されている事は容易に想像がつく。あと、インド、牛が幹線道路に寝そべって車やトラックの往来を妨げている限り、国の発展はないような気がするのは僕だけであろうか?せめて街歩くときはパンツくらい履かないとだめですよ、インドの人達。

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2008年1月29日 (火)

美味かったものベスト10!

 残す所この旅もあと二日になってしまいました。そこで、今回は総括第一弾。美味かったものベスト10。

第一位:イサーン料理(ピピ島、タイ)

   ピピ・ドン島の郵便局の斜め向かいにある名もないイサーン料理屋の料理達。とにかく何食べても外れなく、ありえない位美味かった。特に忘れられないのが、牛スジのスープ。絶品。ここで食べる為に、また行ってもいい位。(イサーンとは、タイ北東部の地方名。)

第二位:もち米にココナッツミルクがかかったデザート(ホーチミン、ベトナム)

   アジアのもち米系のデザートは、すごい。飯を抜いてでも食べたいくらい。その中でも、ホーチミンのベンタイン市場で食べた、一見まずそうに見えるこれは忘れられない味。白餡とココナッツミルクとコンデンスミルクがソースに入ってると推測される。デザート部門では、NO.1です。

第三位:ドリアン(ホーチミン、べトナム)

   初めて食べたけど、生まれて今まで食べたフルーツの中で、恐らく僕のベストワンのフルーツ。濃厚でガッツリ。喰わず嫌いの人は、高くても試してみるべし。東南アジアに行く機会のある人は、食べてみなきゃソンです。

第四位:焼き芋(桂林、中国)

   もう二度とあんな焼き芋に出会える事はないでしょう。空腹のさなか、桂林の高架下に充満してたあの衝撃的な甘い香りは、いまだ忘れる事ができません。ちなみに、一個40円。

第五位:鴨まるごと一匹の鍋(成都、中国)

   四川の激辛料理に辟易してた時に出逢った、滋養鍋。美味さと安心感。

第六位:アーモンドとサンザシのおしるこ(香港、中国)

   香港の「杏花楼」というチェーン店で食べたデザート。複雑な味だが、甘さ、酸味、コクなど、非常にバランスのとれた一品。アツアツで提供された事も印象に残ります。

第七位:パプリカのマリネ(ローマ、イタリア)

   野菜ってこんなに美味しいの!って思った。ローマの家庭料理の名店「ウーゴ・エ・マリア」のもの。

第八位:ハモン・イベリコ・デ・ベジョータ(セビーリャ、スペイン)

   生ハム。どんぐりだけを食べて育った、イベリコ豚の後ろ足のもの。本場の専門店で高いのを買って食べたが、それがあまりに美味しくて、それから何度か食べる機会のあった普通の生ハムが食べれなくなってしまった。

第九位:モハーンのベジタブルカレー(ジャイプール、インド)

   未だに、それが野菜だけを使って出来ていることが信じられない位、深い味。ここを筆頭に総合的にインドのベジフードは美味しかった。日本の味のない野菜じゃ、こうもいかないんでしょうね。海外では、特に野菜の美味しさを感じる事が多かった。ちなみに、モハーンとは、店の名前。

第十位:バーガーキングのハンバーガー(フィラデルフィア空港、アメリカ)

   何回かバーガーキングで食べる機会があったと思うが、何故かここのパテだけが、ずば抜けて美味く、人生最高のハンバーガーであった。いや、間違いなくあの店のだけ明らかに肉が違ってた。産地に近いから?

 

番外編:インドで超長距離移動中の途中休憩で飲んだチャイ。

   午前3時くらい。寒いし、ケツは痛いし、限界の疲労の中で屋台のおっちゃんが作っていた暖かいチャイ。飲み物飲んで、涙が出たのは最初で最後、この時だけです。1杯3円。

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2008年1月28日 (月)

台湾、3度目。

 昨日、最後の国?台湾到着。サラリーマン時代に一度、社員旅行で一度、で今回3度目。香港より幾分物価が安い分、過ごしやすいかなぁ。とは思う。宿は、場所は申し分ないが、湿気があり、ジメッとしていていかにも安宿って感じ。今日は小龍包で有名な「鼎泰豊」に行く。上海での来店も合わせると、実に4度目の訪問。ここだけじゃなく、おそらく他にも安くて美味い小龍包の店があるんだとは思うが、せっかく海外まで来て、ハズシたくはないので、いつもここに落ち着いてしまう。薄い皮に包まれた餡と豊富な肉汁(スープ?)は、餡を包み込む時に一緒に煮こごりを包み込む事によって出来るものらしい。あとタロイモの饅頭が美味かった。タロイモは日本ではなかなかお目にかかる機会はないが、東南アジアなどの熱帯~亜熱帯にかけての地方では比較的メジャーで、デザートやお菓子ではよくつかわれている、ちょっと甘めで、粘り気の少ない里芋といった感じか?香港では、かなりの勢いで、デザートを食したが、タロイモは狙い打ちしていたほどのお気に入りであった。

 僕らは、首都台北にいるが、ここまで来るとだいぶ日本が近づいて来ている事を実感する。至る所で見かけるセブンイレブン、ファミリーマートなどの看板。中に入ると、商品(特にお菓子)まで、日本製のものがかなり見受けられる。街の若者のファッションとかも、10年程前の最初の訪問の時は、すこしダサイ、と思った記憶はあるが、今はまるで日本にいるような錯覚を覚えるくらい、レベルが上がって来ていると思う。日本大丈夫かなぁ。かつて新興国と呼ばれていた国が段々、日本の文化レベルに近づいている事を肌身で感じる思いがします。しかし、成熟国家の象徴である、各種サービス業の質は、やはりアジア各国の中で、日本がまだまだずば抜けています。ショップでは店員が平気でラーメンすすりながら接客しているし、何も買わずに店を出ても「サンキュー」と言う教育はされていても、言い方に気持がこもっていない。この辺がしっかりして来たら、欧米諸国からホントに見向きもされない日本っていうのも、ちょっと想像できますね。

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2008年1月25日 (金)

美味い。

 香港に来て、五日目。やっと香港の楽しさに出会えた。「蓮香樓」。ここはまさにヘビー級の香港らしさに、抜群の味をあわせ持つ、今回の香港でおそらSany4495 く最大の発見であろう。客席のある2階フロアーにあがると、50坪ほどのフロアーに200人ほどの人が溢れかえっている。その間をせわしなく抜けていく店のおばちゃんがひくワゴン。そして厨房から、そしてそのワゴンから立ち上る湯気。席は自分で確保せねばならぬ為、そろそろ終わりそうな席の後ろには、空席を狙う香港人達がスルドイ眼つきでタムロする。あまりの雰囲気に一度は店を出かけた。しかしここで逃げてはいかぬと、錬磨の香港人達に戦いを挑み、席取り合戦に参加する事、30分、ようやくの事で着席。それから、ワゴンのそれを吟味し、六品。「豚肝とつみれの蒸し物」 「中国サラミ饅頭」 「豚足の紅麹蒸し」 「海老と椎茸の焼売」 「蓮の実饅頭」 「カスタード饅頭」。あまりに美味い。明日も行きます。

 ちなみに、飲茶の店です。

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2008年1月24日 (木)

香港。

 旅もあと残り一週間ほど。しかも、行った事のある台湾を残すのみ、となると何だか気が抜けてしまい、ブログを更新するのも億劫になってしまう。

 大学生の時に、オーストラリア大陸の砂漠地帯のど真ん中にある世界一の岩「エアーズロック」を目指して、自転車旅行した時も、エアーズロックを目にした途端、気が抜けてしまい、結局直前までは行ったが、触れずじまい。

 これが、自分の欠点。せっかくここまで続けたブログ。最後まで、書き貫こうではないか。と解ってはいるが、書くことがほとんどない。というのは、いまいる香港は、1:2度目の訪問である。2:物価が高く、行きたい所、食べたい物、に有り付きにくい。3:だらしなく生活しているので、ありのままを書きにくい。。などの理由で筆がすすまぬ。初の香港訪問のときは、ドキドキしっぱなしだったのをよく覚えているが、この旅でドキドキし慣れてしまい、香港がつまらなく感じるのもしょうがない、と言えば、その通りかもしれない。とにかくなんか気が抜けてしまった。

 Sany4432 この5ヶ月間の旅で、もう一生分旅し尽くしたかも。それとも、くせになって、また行きたくなるのかな?今の所、後者はないような気はしてる。

 旅の中で、骨を埋める覚悟で海外に移住している日本人にたくさんあった。日本ででも、お店を出したり、会社を作ったり、また家族を養ったりって大変なのに、その人達の行動力、実行力には、ホント感心させられた。しかし、僕は日本が好きだ。旅してよく解った。こんな僕なので、海外で生活する事に憧れた事もなかった訳ではないが、やはり日本がいい。

 自分が何がしたいか。どう生きたいのか。など、普段考える事はあっても、目先の仕事や生活に追われて、なかなか結論を出すまでには至らなかったが、旅先での移動の電車やバスの中、はたまた芝生の上、などで本を読んだり、想いを巡らしたり出来る時間が豊富にあり、そういった事に対する考えの形が、少しはまとまった気がする。松本人志が「どんなに時間がなくても、寝る前に数時間、みっちり考えるようにしている。寝る間を惜しんででも。」といっていたが、そういう癖が少しついたかも?いいか悪いかは解らぬが。。

 あぁ、何だかとりとめもない内容になってしまいました。このブログは、ほとんど推敲なしの行き当たりばったりだったので、すみません。

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2008年1月21日 (月)

香港、2度目。

桂林の近くの陽朔って所から、深夜バスの乗って、朝7時頃、香港に入る。中国の返還されたとはいえ、まだ入国手続きは必要だった。中国の深センから、入国審査をおそらく毎日受けているであろう高校生の姿もある。月曜日の、しかもラッシュアワーと移動の時間帯がばっちり重なり、久々荷物かかえて地下鉄乗って大変。宿はすごい香港らしいビルの一室を借りているような所。 しかし、中国本土から来ると、物価が非常に高く感じる。丁度倍くらいであろうか?インドから2ヶ月ほど、安い国続きだったので。日本での生活が不安になってきた。高物価に耐えられるかどうか。

 タイ、ベトナム、中国と汁麺文化圏に入って久しいが、この3国の屋台や安食堂で食べる麺は、茹で置きしている場合がほとんど。僕の一番嫌いなパターン。香港は、それがないのが有難い。また、米麺ではなく、小麦麺である事も然り。(米麺を茹で置きするなんて考えられない。)だしもインスタントではなく、ちゃんとひいてあるし。(しかし、その分高い。)

 なんだかんだで、僕らの旅もあと10日間になってしまった。日本に帰りたいとか、まだ旅を続けたい。とかいう気持は、まだコントロールできる範囲にあるので、最近はいい感じで日本に帰りたい。という気持が湧いてくるようになった。

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2008年1月17日 (木)

広大な棚田。

 ここの宿に決めたのは、ここ行きのバスにたまたま乗り合わせていSany4389た、宿の若女将が、「暖房装置付き」だから泊まる?の一言があったから。しかし 、暖房装置とは、電気毛布。。恐らく、マイナス五度くらいであろう部屋には、外からのすきま風が容赦なく、入ってくる。ちょうど、荷物を預けている宿で借りた「大地の子」を読んでいたので、この主人公、陸一心の体験した寒さに比べたら。。と思えたのが、唯一の心の支え。おそらく、僕の人生で一番寒い夜だった。

 そんなんで、ちっと寝不足。頭がボッー。としていたが、この景色を見たらバチッと目が覚めた。

 興奮のあまり、あまり観光地で買い物はしないのであSany4342 るが、もの売りのおばちゃん手作りの藁ぞうりを一足。そして、20元でできる売込みの激しい記念撮影隊(普段は、こういう奴らは、何の努力もせず、金を取ろうとするので、嫌い。)に金を払い、一緒に笑顔で写真に収まる。事まで、してしまった。

 標高千メートルのまるで四国の山奥を思わせるような急な斜面の山々に、見渡す限りの棚田が連なっている。650年前には、この棚田が完成していたというから、それもまた驚きである。いやぁ、いいもの見せてもらったって感じ。

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2008年1月16日 (水)

寒波で。。

 この町、三江から西のほうに行くとあるのが貴州省。ここは山がSany4296ちな地形で、道路、鉄道網が発達しにくい事もあり、昔ながらの暮らしをする村々が未だに多く存在する地域だ。ここに行くのが、今回の小旅行の主な目的。そ れで、さてバス停に行って、そっち行きのバスチケットを買おうとすると、なんと道路凍結のため、そっち方面行きは全部運転見合わせ。確かに寒かった。しかし、ここは緯度的に言えば、沖縄よりも南にある所。それがまさか通行止めとは。しかし、なにを隠そう、私、まれに見る雪&寒男。初めて行った上海は、5年ぶりの雪で凍える程寒かったし、三年ほど前、ようやく休みを取って3月末に行った湯布院旅行は、初春にもかかわらず、信じられぬことに、これまた雪で通行止め。Sany4306

 が、しかし意外と二人ともガックリは来てない。何故なら、 そっち方面に行けば、もっと寒そうだから。そんなんで、さして落ち込みもせず、近郊の村へ、ローカルバスで。。この辺も、もちろん充分田舎。見たかった田舎の農村風景は、充分堪能できた。

 そして、今日の宿は、超が付くほど広大な棚田の中。今日は暗くて、様子は伺えないが、明日みる風景がとても楽しみである。

 それにしても、この寒さ、どうにかなりませんかねぇ。

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2008年1月15日 (火)

小旅行。

 今日から、大きな荷物をこの宿に預けて、何日間になるか未定の「山岳地帯小さな村々を訪ねる小旅行」にでかける。ショルダーバック一つの身軽Sany4298 な旅である。特に目的地は決めておらず、行き当たりばったりで行く事にし、出発した。

 1時間、2時間、4時間とバスを3台乗り継ぎ、少数民族の村への基点の町、「三江」に到着。招待所と呼ばれる中国人が多く使うタイプの宿を見てみたが、エアコンがないので、パス。結局、町一番のホテル「三江飯店」に宿泊した。それでも2300円ですが。。

 この辺の地域は、第二次世界大戦で日本軍が攻めた地域らしSany4405く、旧満州地域程ではないにしろ、反日感情がある。ときいていた。が、実際旅してみて、日本人だからって非難的な目で見られる事はない。僕らも海外旅行をするからには、どんな田舎でも日本人の代表という意識を持つようにしているが、個人個人の付き合いの中で、中国の人とも言葉は通じないにせよ、笑顔でコミュニケーションをとれている事に、少し感動を覚える。地道ではあるが、この笑顔を交わした回数だけ、もっと両国が仲良くなれそうな気がし、しかも、楽しいし、もっと沢山コミュニケーションを取りたい。

 なんか子供じみてますが、書きたかったんで。。

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2008年1月14日 (月)

喜多郎。

 ここの宿では、食事の用意と同様に、もうひとつの大事な仕事がある。宿Sany4214の一人息子の遊び相手である。

 名前は喜多郎。こいつは、まさに絵に描いた 様に、典型的な一人っ子政策の申し子の様な性格の持ち主なのであるのです。 しかも不幸な事に、ご主人が「この子は人見知りはしないけど、また特別なついてるねぇ。」と言うほど、なつかれてしまったのだ。

 昨日は、昼間嫁さんが家計簿かなんかまとめてたので、喜多郎の「散歩ちゅるーー。」の要望で、散歩に連れていった。しかし、やつが 歩いたのは、最初の3分間だけ。Sany4225しかも自分から「抱っこ」とか「おんぶ」とか「帰る」とは決して言わない。して欲しい事があると、ただ立ち尽くしたまま動かないのだ。僕が、「どうした?だっこか?」とかいうと「うん。」とうなずき 、機嫌を直す。さすがにだっこに疲れたので、「かえろうか?」というと、「やだ、やだ、ぃぃい やだああーー。」と言って、泣き出す。また、僕が喜多郎をだっこして歩いて入る所にニコニコして「ニーハオ。」と声をかけてきたおばちゃんに対し、喜多郎のとった態度はといえば、「不好。不要。(すかん、ドケドケ。)」である。どんな教育をしてるの!ってな顔して僕をキッと睨むおばちゃんに対して、すみません、とSany4259愛想笑いを振りまく俺。

 が、しかしこの喜多郎。超ムカつくが、、、くやしいかな、かわいいのである。

 それで、今日は嫁さんと3人で散歩した。昨日の2倍の距離。さすがにだ っこ疲れで腕が今、パンパンである。いやぁ、子育てって大変そうですねぇ。

 今日の料理は、鶏。 こっちは、鶏はまるごと一羽買 うのが、当たり前でどこの家でも、 奥さんが生きた鶏をしめて料理すSany4219_2る。「しめる?」と促されたが、僕は生きたニワトリは人一倍苦手だ。しかし、ここはふんばって、せめて見学させてもらう事にした。器官を押さえて、窒息死させるのかと思っていたが、頸の動脈を切り、失血死させるのだそうだ。そうすると鶏が苦しまないらしい。鶏鍋はしょっちゅう食べているようなので、今日は「鶏すき」にした。

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2008年1月13日 (日)

山水画の風景。

ここの宿のご主人、林さんはどうやらかなりなSany4179 有名人らしい。若い頃、自費でネパールに10年間通い続け、これまた自費で貧しい村のために小規模水力発電の設備を作ったりした人。この事は、アメリカの教科書にも載ってるそうだ。また、この興坪の町にもっと観光客を増やそうと、景色のとても良い急な山の山頂に誰でも簡単に登れるようにと、6ヶ月かけて、山道を作った人でもある。この山頂からの眺めは、中国の大企業のCMにもたくさん使われているそうだ。 という事で、今日はその山に登った。はっきり言ってこの町は、どこで切り取ってもあの山水画の風景が拝める、おそろしく風光明媚な町なのだが、この山からの眺めは格別である。もし僕が高所恐怖症でなければ、おそらくもっと感動が強かったであろう。 そして夜ご飯の準備のため、買出し。僕らだけで行くと、「ぼられる」危険性があるとの判断Sany4208 で、奥さんが付いてきてくれた。奥さんが、ポンポーンと買い物を済ませていく。「これで、何か作ってー。」材料は奥さんが選び、内容は僕らが決めるという、非常に難しいスタイル。まぁ、予算もあるでしょうし、結果こっちのほうが、気楽に作れてよかった。 献立は、こっちの野菜のがめ煮、とんかつ、卵焼き。美味しいといって食べてもらえたので、嬉しい。というよりは、どっちかというと、ホッとした。

 写真下、中央の野菜は、「マコモダケ」。 恥ずかしながら、今までマコモダケはきのこだと思ってました。。。

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2008年1月12日 (土)

日本人経営の宿。

 四川盆地には、当初はあと4~5日滞在する予定であったが、急きょ桂林へ飛行機で移動する事にした。理由は、桂林の南の興坪村という景Sany4130 勝地に日本人経営の旅館があるという事を知ったため。そこで情報を仕入れ、貴州省の少数民族の村などを訪問してみようという事と、たくさんの荷物を持って、未舗装路の奥にあるような村を訪れるのは、体力的にも大変なので、その宿で荷物を預かってもらい、身軽で気軽に中国の小さな村巡りができるかも?という計算から。

 成都から桂林まで、飛行機で一時間半。それから、バスを2台乗り継ぎ、興坪到着。バスの長距離移動も、もはや慣れてしまい、計3時間の移動なんかでは、へとも思わなくなってしまっている。しかし、噂には聞いていたが、中国のローカルバスの運転手は、例外なく飛ばす。それは、スピードを出す、という事ではなく追い越しがすご いのだ。田舎道はトラクSany4262ターや、ぼろっちい三輪ぐるま(エンジン付き。)などが、頻繁に往来していて、この運転手達もどんなプライドか、全くよけようとしない。よって、対向車線から追い抜きをかけるしかない。しかもこれらのバスは、おそらく個人経営の乗り合いバスで、道端の手を挙げてる人を拾っていったりするので、ゆっくり行こうもんなら、他のバスにお客を根こそぎ持って行かれてしまうので、なおさら飛ばすのである。という事は反対から来るバスも当然同じような状態であるので、はっきり言って、無茶苦茶怖い。命の危険すら覚える。この行程は、かなりの景勝路線なんだが、はっきりいって景色をゆっくり眺める余裕は僕には、なかった。もし、正面衝突したら、どうやって嫁さんと自分を守るかずっとシュミレーションしていた。しかもよりによって、一番前の座席に座っていたので。。しかし、嫁さんはなんともなかったようで、景色を見ては「わぁー!」といって写真を撮ったり、車内で上映中の「キングコング」に釘付けになったり、どうも僕と全く違う要素で忙しかったようである。

 そして、午後6時到着。宿に入ると、口をもぐもぐさせながSany4156 ら「いらっしゃーい。」と出迎えてくれた、ご主人と奥さん。「ご飯先に食べちゃったー。食べかけだけど、いいなら食べるー?」といったとってもざっくばらんな感じ。ホームステイのような宿である。もちろんご馳走になる。すると、ご主人。「ところで、宿代なんだけどフトコロ具合はどうなの?いくら位なら払える?」  僕。「いや。一応働いてますし、そんなお金ないってわけじゃ、ないですよー。普通にとってください。」  ご主人。「じゃぁ、2人で3食付100元(1500円)でどう?」  奥さん、中国語でご主人に。「、、、」  ご主人。「かみさんがさぁ、100元でいいから、そのかわり御飯作ってくれって言ってるよー。」 

 ということで、ぼくが滞在期間中の料理を担当する事になりました。。。

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2008年1月11日 (金)

まるごと一匹鴨鍋。

成都といっても、人口は1000万人くらいいる大都市。当然、街はかなりでかい。Sany4104四川料理の本場とはいえ、あまりにも店がたくさんありすぎて、選べない 。しかしせっかく来たからには、地元の人に人気があって、美味くて、そんなに高くないいい店をなんとか探したい。
そんな時に、ネットが大いに役に立つ。ある程度の規模の都市になると、その都市在住の日本人が、ブログを作ってその街のいいホテル、美味しい店などの紹介をしてくれている事が結構ある。その人がそこに住んでいるのは、その街が住みたくなるくらい気に入ったからで、それを紹介するのをライフワークにしている人が結構多い。という事のようである。
そんなんで、ネットで探して行ったのは、二本のローカルバスを乗り継ぎ、市内から1時間くらいのところにある、鴨をまるごと一匹煮込んだ鍋の店「重慶毛可老鴨湯」。これはまるで、たまたま「福岡がいいらしい。」と聞いて、何Sany4081もわからぬまま福岡にたどり着いたカナダ人が、美味い。と聞いたので、早良区田村の 「万十屋」にもつ鍋を食べに行ったようなのに、おそらく例えられる。と思う。。
美味い。美味い。
 とにかく、四川料理の辛さ、油っこさ、あと街の意外な寒さ。に辟易していた僕らに、追い討ちをかけるような店の場所のわかりにくさ。そういった様々な要素が絡み合った。という事を差し引いても、生まれて今まで食べた鍋の中で、一番だったかもしれない。今日の朝、みた数十頭のかわいいパンダの事を忘れてしまうほど、いい思い出となった。特に、四川料理というわけではではなかったけど。。

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2008年1月10日 (木)

世界遺産の石仏。

 TBSの「世界遺産」は好きで良く見る。いつ頃だったSany4031 か忘れたが、中国にある世界一大きな石仏が放送されていた。いつかはこれを見てみたいな。と強く思った記憶がある。今日はそれを見に行く。楽山大仏だ。
 楽山の街自体は、別府や熱海の様な寂れた観光地の風情。同じ時期に建てられたような少し古びたホテルを多く見かけ、かつての賑わいが伝わってくるが、今はオフシーズンということもあってか、少し寂れた印象は拭えない。 
 この地区は二つの大河の合流地点にあり、過去に洪水が絶えなかった為、石仏の建立に至ったという事のようだ。この大仏はそういった意味もあって、川に向かって鎮座しており、姿全体を写真に収めるには、遊覧船からでないと無理らしいが、あいにくオフシーズンで10人集まらないと船は出ないらしく、そっちは断念し、陸に上がって間近から拝む事に。出来上がるSany4050 のに、90年の月日を要したこの石仏は、岩を削りだして造られたもの。近くでみると、その大きさに圧倒される。最初は実感が湧かないが、ジーっと見てるうちに大きさがつかめてきて、その凄さが序々に実感を増してくる。ずっと見ていたい。とはちょっと違うが、離れるのがナンか惜しくなって、だいぶん長い間、下からずーと見ていた。また目の前の二つの大河が合流する景色も中国らしい雄大さで、濃い霧がでていてそれが更にいい雰囲気を醸し出し、現実として実感しにくい時を過ごしたように思う。
 写真下は、元祖、「麻婆豆腐」。 そんなに辛くなかった。

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2008年1月 9日 (水)

本場、四川料理。

 またまた夜行バスで昆明に戻る。朝5時着。今回はバスの一番後ろに地元の中国人達と5人ギュウギュウ詰めで並んで寝せられたので、ほとんど熟睡Sany3990 できず、キツイ。
 この日は、四川省の中心、成都まで飛行機で移動。予定では正午の飛行機に乗り、午後2時には、成都のホテルのベットに横になる予定だった。が、飛行機が遅延。結局、空港で9時間待たされるハメになってしまった。
 そして6時半、やっとホテルに到着。そう、ここは四川料理の本場。私、タクシーの中では、街を埋め尽くす四川料理の看板に興奮し、疲れをすでにわすれてしまってました。まずは、火鍋から。ホテルの近くのお客の多い店をチョイスし、入店。ガイド本などには、「辛くなくして!」と言ったほうがいい。とか何とか書いてるけど、それじゃ意味がない。という事で、現地風の辛さで注文。
 感想は。というか、はっきりいって、辛すぎて食べれまSany3985 せん。汁は真っ赤。しかも唐辛子辛い上に、これでもか!と入っている山椒で舌が痺れて、味も分からない。しかし周りのテーブルを見てみると、さらに唐辛子と山椒を追加で入れている。いやぁ、想像以上だ。タイ料理も辛い辛いって聞いていたけど、なんともなかったのに。。ただ、「辛くなくして。。」とは、言いたくないんですねぇ。ここで、意地を張り、現地テイストで通すべきか、素直に食べやすい辛さにするべきか。かなり悩んでます。
 明日は元祖麻婆豆腐を食べに行く予定です。(麻婆豆腐は、あんまり好きじゃないんですが、、)

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2008年1月 7日 (月)

一日ツアーに参加。

 今日は、麗江の近郊の一日ツアーに参加。Sany3934
 麗江という観光地は、欧米人や日本人も少しはいるが、そのほとんどが中国人。このツアーも9割は中国人である。バスがツアー客をホテルの前で拾うのだが、ちょっとバスが遅れてしまったのだろうか、バスに乗ってからいきなり凄い剣幕でまくしたてる枡添要一似の親父。それにしきりに相槌を打つ嫁。いきなり嵐の予感である。
 中国人は、写真の撮られ方とかが、独特。ちょっと僕らには恥ずかしい様なポーズを平気でとっていろんな所で撮影会がはじまる。さっきまで、車酔いでゲロゲロやってた枡添氏も撮影会が始まると、ご自慢の最高に似合わないカウボーイハットをこれまた場違いなロシア風毛皮帽に着替えてくる気合の入れ様。ツアSany3916 ーガイドはガイドで時間の使い方が無茶苦茶。出発して30分しか経ってないのに、トイレ休憩したり、翡翠のブレスレットとサルのこし掛け以外売ってないやたらだだっ広いお土産屋で、1時間以上買い物させたり、(しかし枡添氏はご多聞に漏れず、何やら購入。)2時過ぎにやっと取った昼食タイムはたった20分。トイレに行く暇もない。
 とこんな変なツアーだったが、虎跳峡という渓谷は中国らしい雄大な風景で、凄かった。まぁ、中国人の生態を見れた感じで、結果としてはいろいろ面白かったから良し。としましょう。

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2008年1月 6日 (日)

高地でサイクリング。

 東南アジアあたりからか、料理の中にニンニクが入りはじめ、中Sany3813 国ではさすがにガンガン入っていて、朝起きたら毎日ニンニク臭い。中国人はみんなこうなのだろうか?
 今日は自転車をかり、近郊の白沙という小さな町まで、サイクリング。片道12kmの道は平坦だが、なんせ標高2400mの高地、運動不足もあって結構難儀である。かなりぐったりしてしまった。中国に入って4日目になるが、毎日大好きな炒め物ばっかり食べていたので、ちょっと飽きてしまった。しかも自転車疲れで思考回路が働かず、なかなか食べた いものが見つからない。この悪循環はかなりツライ。そして、結局入った店は何故か韓国料理の店。未だになんでそこを選んだのか説明がつかぬ。得てして、Sany3837疲れている時はこんなもんだが。。

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2008年1月 5日 (土)

麗江お勧めです。

 朝の6時過ぎ、麗江到着。中国はすごく広い国なのに、国内に時差はなSany3767い。従って西のほうにある地域は(特に冬は、)夜明けがかなり遅い。当然着いたときは真っ暗で宿も決まってない。すると、宿の客引きのおばちゃんが現れた。これはかなり有難かった。いってみると、街にも近く安くきれいな宿。そして、かわいい子犬付き。長期滞在ではその宿にペットがいると、非常に嬉しい。バスではさすがに熟睡できるほどの図太い神経は持ち合わせてなかったので、宿で改めて就寝。
 正午に改めて目を覚まし、行動を開始。
 町の雰囲気は素晴らしい。シーズン中はすごい人手で興ざめする人もいるらしいが、今頃はそんな人の山ではない。うまく伝えるのは難しいが、歩きSany3796 始めて30分後には再訪を誓うくらい、いい。今まで行った町の中で一番かも?まだ先はあるので断定はできないが、そういい切ってしまいたいくらい気に入った。人、気候、街並み、最高だ。ここは是非と訪問を勧めたい町だ。ここでも昼、夜、「野生茸」を食べた。夜は上海に会社を持ってる日本人の社長さんに2軒もご馳走になり、興味深い話をいろいろ聞かせてもらい、昨日の星空も含めて、充実した一日だった。

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2008年1月 4日 (金)

満天の星。

 昨日は夜、マッサージをしてもらい、ゆっくり眠れた。12時ギリギリにチェックSany3709アウトし、荷物を預け街へ。まずは円通寺というお寺にいったが、若い人達が熱 心にお祈りしてる姿が印象に残る。良い悪いではないが、日本よりも信仰心は深い人は多いのだろうとわかる。そして近くにある動物園へ。150円ほど入場料がいるのであるが、中にあるベンチは何故か地元のじいちゃん、ばぁちゃんが占領し、麻雀や胡弓演奏などをして楽しそうにしている。非常に中国らしい風景である。
 昆明はあまり美味いものはない。という事ではあったがさすが中国なだけあって、はずれは今の所ない。しかも「野生茸」と書いてある店もあり、日本ではなかなか食べる機会のないものも食べられる。なんだかんだいっても、中国でも一番の楽しみは食べ物ですから。Sany3748
 そして、夜9時の夜行バスで、600km北にある世界遺産 の街、麗江へ。このバスは今までと違い、「寝台バス」である。バスの中に二段ベットが3×8イコール24台並んでいる。最初はゲッ!と思ったが夜行バスはどうせ寝るだけなので、と割り切ってしまえば意外と楽。
 途中の休憩地点で空気を吸いに外へ出た。ふっと空を見上げるとあたり一面、満天の星。あまりのきれいさに寝てた嫁さんを起こした。今まで見た星空の中でダントツきれいで、寝起きだったせいもありまさに夢の中のようで、この星空は忘れられない思い出となりそうである。

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2008年1月 3日 (木)

中国入国。

チェンマイの空港を発ち、一路中国、昆明へ。
中国は3年前の正月に上海に行って以来。その時はSany3706 とにかく寒くて辟易した記憶が鮮明にあるので、いくら緯度が低いとはいえ、標高1900mの高地にある街。どれだけ寒いかかなり恐れていたが、着いてみるとまるで初夏のような暖かさ。一時熱帯にいた僕らは寒さが一番恐れていたことだったので、まずそれだけで「いい街。」となる。
この街の人口は600万人。しかも中国という事で、どれだけガヤガヤしているかと思ったら、結構落ち着いた感じの街である。ただ盆地なだけあって夜の冷え込みは厳しい。街を歩くと、意外におしゃれな若者達が多いのが印象的だ。繁華街も日本でも通用しそうなおしゃれな店を結構みかけ、しかも安いので、またまたいろいろ買いそうになってしまう。アジアに入ってから、切っても切り離せなかった「物売り」もここにはほとんどいない。
一番の懸念は言葉が通用しない事。僕らが泊まるクラSany3700 スのホテル、使うクラスの旅行会社などには、英語をしゃべれる人はまずいない。しかもいくら僕らが理解できていないと分かっても、延々中国語でしゃべりかけてくる。ここでは「筆談」が必要となる。筆談といってもいざやってみると、日本と中国では意外と異なる漢字が多くてなかなか理解できないし、伝わらない。しかしこっちの人は諦めずどうにかして意図を伝えようとしてくれる。これはいろんな所で共通で、この辺りの地域の人はそういうホスピタリティはあるようだ。とにかくいい人が多い。中国は人に関しては、、、というイメージがあったがそんな事はない。(但し、この地域だけかも知れないが。。)これからが楽しみだ。
今日の宿は、駅のまん前にある大きなホテル。設備はほどほどだが、値段が1200円と安くなかなか良かった。どうやらこの辺りはホテルが供給過剰のようである。
 問題のインスタントラーメン。街でたくさん売ってます。

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2008年1月 2日 (水)

日帰りツアー

 今日は、8時半に起床し、バンに乗ってチェンマイ近郊巡りツアーSany3629に参加。

 まずは、象に乗る。意外と怖くなく安定感はかなりある。結構な急坂をいとも簡単に登っていく象たち。しかももらった干草をバリバリ音を立てて食 べながら、まるでやっつけ仕事のように立ち歩く姿は、ホント手馴れたもんである。それから2つの少数民族の部落を訪ねるのが今回の僕にとってはツアーのメインであったが、ほとんどお土産屋さんを覗いたのと変わらず、ばっちり期待ハズレ。その後竹で出来たいかだに乗って、30分程いかだ下り。「99パーセント、濡れるよ!」とガイドがいうので、どんな急流か。と思っていたら、いかだの船頭が、オールで僕らに水をバシャバシャかSany3667 けてくる。そりゃ、濡れるわ。前に座った日本人のおばちゃんは、着替えを持ってきていないらしく、「寒い。寒い。」を連発していたが、言えば言うほど、狙い撃ちにされ半泣き状態だった。

 ほんとは、ちゃんと少数民族の暮らしを見てみたかったが、安いツアーでは所詮こんな感じしか見れないのは、当然といえば当然ですね。

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